築120年の京町家を開放しています

 今から約50年前、画家である父、東儀一(ハジム)の手によって、生み出された老舗の絵画教室です。先祖の代から住んでいる、築120年の京町家を開放しています。

 創立当時は、“働きながらも絵を学びたい!”という方達が集う夜の教室でした。
ちなみに、“OWL”とは、暗闇の中で目を光らせホーホーと鳴くあの有名な鳥、フクロウのことです。 夜になって、元気に活動する雰囲気から、こう名付けました。

 現在は、銅版画作家である、東儀光則が受け継いでおります。
 子供の頃から、家には沢山の人の声が響いていました。教室が休みの日は、しんとして家もつまらなさそうな気がしたものです。
 昔、祖母も茶道の教室をここでしており、教室好きな家なのだろうかと考える時があります。

 世代交代したばかりで、まだまだ試行錯誤の毎日ですが、芸術に興味関心をお持ちの皆さんと、 共に成長し合いながら、これからのowlを盛り上げてゆけたらと思っております。


歴代OWL卒業生デッサン。この中には、芸大の教授になられている方も。

一階の教室付近。 吹き抜けや箱階段があります。

日中は、京町家特有の出格子と呼ばれる窓から、光がもれてきれいです。

二階の銅版画教室と受験教室の様子。
石膏像は30体ほどあります。昔の物の方が、型が甘くなく美しい気がします。

OWL dentotimes

 伏見は酒どころ、酒どころは酒造り、酒造りは伝統、伝統はデントウ、 デントウはスチューデントゥ、ス チューデントはStudent,Studentは徒弟、 徒弟は学ぶ、学ぶは研究、研究は研究所、研究 所はOWL,OWLはふくろう、 ふくろうはヨル目を開く、ヨル目を開くはヒルマ輝けない人、ヒルマ輝 けない人は苦学生やしがない勤め人。
 その人たちが美術の道を志し、一筋の光を求めて、ベンガラ格子もハゲ落ちた、古い二階のオチマに集 い、 黒い木炭握りしめ、食パン1切れネリケシ替わり。教える先生若冠30才。中学美術教師辞めたての、トウギハジム唯一人。
 デッサン・絵画週2回、火曜 日ヨル、土曜日ヨル、コドモは木ヒル土ヒル、クロッキー木曜日ヨルのみ、 そこから始まったオウル(ヨ ル)教室は、徐々に日数・人数・ジャンルも増えて、火・水・木・土・アサ9時からヨル9時まで、 次第 にオウル(OWL)がオール(ALL)へと、時代の流れと共にALLstargameさながらに、新 しく移りゆく次代へと、 研究所とは名ばかりの、初めて訪れる人が見落とす程のボロ家のまま、40年が 経過、 見かけはボロでもこの地域、重要界わい景観整備地区のオレンジマークに、近頃になり、ようやく バッチリはまりこみ、 やっと中身の濃さを見直される時期が来たと早合点して喜ぶには余りにも、問題点 多くあれど、 遅きに逸した景観条例を、巧みに生かした、伏見の街づくりの中で、やはりオール(ALL) にあらず、ぐっと焦点しぼりこみ、元のOWLの良さ生かし、原点に戻りて芸術の、根元たどるは、ただ ただ一本の細い道を歩みて知るしか術はない。
 その術を得るために人々はデッサンする。デッサンの語彙は、あまりに広く深く、この世を生きる証し となっていく。 デッサンと併行にソーゾーの世界を持つこと、これぞ芸術の道に生きる者の至福の極み。   造る喜び→ソーゾー(クリエーティヴ)とイメージ(想像)の世界が合体し、心の中で宇宙の果てに達 するまで広がる歓び、もう止められない、止まらない 。
 そして、その中で、血の通いあったコミュニケー ションが生まれる。  同じ光を求める者同士の…
人々はコミュニケーションなしでは生きていかれない。一人でモノは造れない。
 今、一番大切なものは 何かをデッサンを通して己を凝視する場、点が繋がり線となり、やがて一本の長い糸が大きな輪となって いくコミュニケーションの場、OWLは世界にはばたくそのような場でありたい。